唯一,生き残るのは変化できるものである。
オープンした。
その瞬間に音楽が変わった。
運命だと思った。
”お願い あなたについていきたいの
ちょっとヤンチャな人だけど
わたしだってそうだから”
Aviciiの「Dear Boy」のサビの歌詞。
案件は気付いていない。
気付くはずもない。
そのサビのフレーズで一人,胸のうち,思い出が蘇る。だが,感傷に浸る時間はすぐに次の曲に塗り潰された。
9月も半ば。
目標としていたget数を考えれば,ペースはギリギリ。少しの焦りと,自分なら出来るという自信。そんなマインドでミナミに到着した。
今日の箱は麒麟。
相性はどうだろうか。
悪くはないが,良くもない。
そもそもこの箱は久しぶりだ。
相方がくる前に箱に入る。
久しぶり過ぎてテンションが上がる。後々を考えれば,これが駄目だった。
今日の相方が遅れて入ってくる。
アームくん。鈴木啓太似の男前。ファッションセンスもなかなか。口も上手い。僕が好きな男のタイプ。上手くいく,そう確信した。
しかし,ここでまさかの地蔵。
さっきテンションを上げ過ぎた。
箱が盛り上がってきた段階で,もう自分のピークは過ぎていた。箱のピークに自分のピークを合わせるべきだった。体調も崩していた。悪循環。
今日はだめか?
マインドがブレる。
アームくんもフロアを離れて休憩している。
僕は意地だけでフロアに残っている。
近くではナンパ師たちが女の子と和んでいる。
負けられない。
目標達成とプライドのために,自分を奮い立たせた。すぐに歩を進める。
VIPの前の柱横。
この箱では好きな場所の一つ。
そこで案件を見付けた。
ソロだ。
この案件ならば,僕のことも認識しているはずだ。
時間も少ない。案件数も少ない。
躊躇してはいけなかった。
オープナーは何でもよかった。
ただ,躊躇ってはいけなかった。
すぐに声をかけた。
オープンした。
その瞬間に音楽が変わった。
運命だと思った。
”お願い あなたについていきたいの
ちょっとヤンチャな人だけど
わたしだってそうだから”
Aviciiの「Dear Boy」のサビの歌詞。
案件は気付いていない。
気付くはずもない。
そのサビのフレーズで一人,胸のうち,思い出が蘇る。だが,感傷に浸る時間はすぐに次の曲に塗り潰された。
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2015年の秋冬。
僕は彼女を量産していた。
寂しさから愛情に飢えていた。
彼女は最大で同時に五人いた。
その中には,彼女を量産しながら何だけれど,本当に好きだったり,大事に思っていた人もいた。
その逆で,うやむやになって付き合っていて,そんなに好きでなかった人もいた。
そんななか,前者に当てはまる女の子のうちの一人がMだった。
出会いはCLUB。
いまほど知識も技術もないなかで,声をかけ,バンゲしたコだった。
その日のうちにブーメランが返ってくるも,タイミングが合わず即れず。
それでも反応,食いつきは高かった。
聞けば,僕がドンピシャでタイプだったよう。
なので,比較的すぐにアポも決まり,終電を逃させ,準即できた。
ただ,他のコと違うのは,その日のうちに僕から彼女化したことだった。
Mが僕のことをタイプなのと同様に,僕もMがタイプだった。
正直,一般的なナンパ師のスト値なら,どう転んでもMは4前後だったろう。
ただ,単純にタイプだったし,Mと一緒にいることは楽しかった。だから,Mとの未来を想像した。
だが,Mとは続かなかった。
どちらも実家住みであり,家がかなり遠いこと。休みが合わないこと。
大きな理由はこの二つだった。
Mとの別れのあとは,彼女を量産しなくなった。自分と一緒にいてくれる人を大事にしようという気持ちが強くなった。それがMの残してくれたものだと。
そして,もう一つMが残したものがAviciiの「Dear Boy」。
彼女がこの曲を好きだったとかではなく,単純にこの曲を聴くと,なぜか彼女のことを思い出すから。
だから,この曲は僕にとって特別な曲。Mに繋がる唯一のものだった。
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オープンはした。
反応はある。
Mとの思い出の曲も流れた。一層,この案件を即りたいという気持ちが強くなる。
入れ込み過ぎか?
AFCにならないように。
そこには気を付けないといけない。
また,減点されないように。
だが,ボディタッチは嫌がらない。
減点はされていない。
食いつきは落ちていない。
手首に目をやる。
ロッカーの鍵はない。
友達グダを解除しなければいけない。気合いを入れないといけない。
そう思ったが違った。
男1,女2で来ている三人組。
聞けば,彼女はミナミの近くに住んでいて,CLUBが終われば帰るとのこと。
なので,ロッカーには荷物を預けていなかった。
ならば。
「飲みに行こう。一緒にゆっくり飲みたいから。」
少しの友達グダ。
これは形式だ。
なので,少し強引に。
「携帯はあるんやろ? またあとでLINEしたら大丈夫だよ。」
箱を二人で出る。
向かうはLH。
しかし,LHの前でグダ。
本気で嫌がっている。
なら,ここは引くしかない。
時間限定で居酒屋イン。
特別なことは何もしない。考えれば考えるほど上手くいかないタイプなことは知っているから。
たわいもない話。
それだけでよかった。
それしか出来なかった。
もちろん,食いつきがさほど上がったとは思わない。時間だし帰る,と連呼される。
この時,即はほぼ諦めた。
なら,いつもと違うことをしよう。
変化しなければ,もっと上のレベルにはいけない。
そう思った。
僕は優しすぎると言われるタイプだ。案件を放って携帯を触ることはなかなかない。そこで,とりあえず,他の案件のブーメラン回収のために,携帯をいじっていた。
すると,案件は僕の予想と違う反応を見せた。
まず,時間制限を過ぎても何も言わないこと。また,帰るとも言わないし,帰ろうともしなかった。
さきほどのグダは形式だったか...?
この案件がダメだった場合,他の案件にいく時間も欲しい。
なら,ここで形式か確認しよう。
ここで動くしかない。
「帰ろうか。」
居酒屋を出る。
わざと距離をとって歩く。
案件は僕についてくる。
「帰るんなら帰りなよ。」
ここで突き放す。
僕のほうから距離を取る。
困惑している。
...グダは形式だ。
ようやく確信できた。
ここまでくれば,理由を付けるだけ。
案件に言い訳を与えてあげなければいけない。
「お酒も飲んだし,ご飯も食べたし,デザートにアイス食べよ。パピコ好きやろ?笑」
パピコは別に...,と案件。
特に好きなものはないみたいだ。
適当にピノとミネラルウォーターを買ってLHイン。
エレベーターでキス。
さっきまではまったくしようとしなかったのに。
部屋に入ってからも。
ソファでキス。
僕の上になってもらいキス。
「ベッド行こうか。」
そのあとはキスの続き。
朝,家へと自転車で帰る案件を見送る。
さっきまで愛し合っていた男女が,また元通りに他人へと変わっていくこの瞬間。
達成感。切なさ。愛しさ。
温もり。いろんな記憶,思い出。
色んな感情が混じり合う。
人の心を捨てきれないのは,ナンパ師としての弱点か。
それは分からないけれど,ナンパ師としては進歩した。
崖っぷちに立たされて変化できた。
器用なほうではない。
いつも変化できるわけではないだろう。
けれど,不器用なりに変化していくしかない。少しずつ,文字通りに進歩していくしかない。
そんなことを思った9月半ば。
二人の女性に愛を込めて。
⚪︎最も強い者が生き残るのではなく、最も賢い者が生き延びるでもない。唯一,生き残るのは変化できるものである。---チャールズ・ダーウィン
明日世界が終わるとしても,私はリンゴの木を植える。
もう二人の時間ではない。
外に出れば,社会が待っていた。
今日は太陽の眩しさがやけに沁みる。
「ねぇ,いつからこうなると思ってた?」
「この道を歩いてきたときかな。」
もうあの頃の二人ではない。
この道を後戻りなんて出来ない。
する時間もないんだ。
9月某日
ナンパ再スタートの月と設定した9月。
目標は10get。彼女もいれば,仕事もある。他の条件もそんなに良くはない。決して簡単なハードルではない。だが,越えられないハードルではない。
越えるためには,この9月最初の出撃で結果を残したい。結果的にも,メンタル的にもスタートダッシュが肝心だった。
行きたいのはいつもの箱。
この箱には彼しかいない。
そう思って二階堂くんに合流打診。
彼はただのイケメンなだけでなく,真剣にアドバイスもくれる良い男。女の子の好みも広義的に合う。相方にはバッチリだ。
当日,自分の仕事の関係で,24時頃合流からの箱イン。二階堂くんはアームくんとJさんも連れて来てくれていた。
まずは二階堂くんと乾杯。
そこからは場に自分を馴染ませる。
馴染ませると同時にサージング。
馴染ませる。
サージング。
馴染ませる。
サージング。
馴染ませる。
近くを見る。
...あれ? 二階堂くんがいない。
と思ったら,Jさんとコンビで和んでる。しかも,結構いい感じに。
仕方ない。
もう箱には馴染んでいるし,サージングも済んでいる。
とりあえずは,グルグルしよう。
と思っていたら,ソロ案件が僕の近くを通ろうとする。
すぐに気付いた。
この案件のことは知っていた。他の男と絡んでいて,その男には食い付きがなかったことも。男を放流したのか? 僕ならいける。そう確信した。
そこからは早かった。
案件の手を引っ張り,認識させる。
オープン。
和む。
「ウソじゃないよ。おれの目を見てごらん? この目でウソを言ってるように見える?」
案件が目を合わす。数秒見つめ合う。案件から目を逸らす。僕に興味はあるが,素直になれない反応だ。
再度,和む。
「もっと話したいからさ,静かなとこ行かん? 二階行こう」
二階連れ出し。
再度,和む。
コールドリーディング。
これがハマる。
そこに共感してあげる。
食い付きはある。上がっている。
あとは食い付きを下げないように。
自分なりの押し引きで。
一歩進めば二歩下がるくらい。
僕にはそのくらいがちょうどいい。
言葉だけでなく,身体も使って。
「おれが一番やと思うならキスしてごらん?」
案件からキス。
案件が見つめてくる。
何を言って欲しいのかも分かっている。
「こんなとこで口説くのもなんやし,二人きりのとこで口説きたい。さあ,行こう。」
友達グダはほとんど相手にしなかった。崩す必要はなかった。手を引っ張り,二人で箱を後にした。素直だった。
ホテルまでは会話を絶やさないように。
箱内でしきれなかった自己開示を少し。出来る限りは案件にしゃべってもらうように。
そうしているうちに,ホテル街に。
この道は何回来ただろうか。
でも,今日は違う。いつもとは違う達成感があった。ちょっぴり大人になったような気分だった。...もういい大人だけど。
行為後は普通の日常会話。
疲れていたけれど,眠たかったけれど,限界までは眠らずに抱きしめてあげて,ちゃんとしゃべってあげること。二人の時間を作ってあげることが自分なりの感謝のしるし。
仕事のこと。
学校のこと。
趣味のこと。
好きなこと。
恋愛のこと。
ある程度,話が盛り上がったところで限界がきた。案件も眠そうだ。一緒に寝よう。
数時間後,起床した僕たちは手早く準備を済ませて,ホテルをあとにした。
もう二人の時間ではない。
外に出れば,社会が待っていた。
今日は太陽の眩しさがやけに沁みる。
「ねぇ,いつからこうなると思ってた?」
「この道を歩いてきたときかな。」
もうあの頃の二人ではない。
この道を後戻りなんて出来ない。
する時間もないんだ。
成長し続けなければいけない。
ナンパが何をもたらしてくれるのか。そんなことはどうだっていい。
そこまで入れ込む必要はないにしても,やるならちゃんとやる。明日世界が終わるとしても,ナンパ師ならナンパをするだろう。
だからこそいま。
改めて,ナンパの再スタート。
明日世界が終わるとしても,僕はリンゴの木を植えようと思う。
○明日世界が終わるとしても,私はリンゴの木を植える。---マルティン・ルター